あれはいつ頃からだったか…
桜が舞い暖かい日が増えて、冷え性の自分には大分過ごしやすい季節だと思い始めた頃その異変に気がついた。

はじめは気のせいだと思っていた。だがそれは日に日に確信にかわっていったのだ。

―ダレカニ、ツケラレテイル―





大学の帰り道…駅から徒歩15分の間ずっと誰かに監視されるような気配を感じる…
日が暮れ始め薄暗い道を歩くには十分すぎる恐怖…。
コチラが足の速度を速めれば、その「誰か」も足を速めてくる。後ろを振り向くと誰もいない…悪寒だけが自分を取り巻き恐怖する。
家に帰って事なきを得る日が数日続いたと思えば事態は急激に悪化した。
ポストに毎日のように入る手紙…『今日も綺麗だね』『昨日の服は新しいね』『髪型少し変えた?わかるよ』一言だけのその手紙は見る限り男性が書いたような筆跡と観察されている内容に寒気が走った。

その場で直ぐに丸めて捨てる、を繰り返していたら手紙は来なくなった。
きっとその様子も見られていたのだろう。そう思っただけで吐き気までした…。
手紙が来ない事に安堵していたのもつかの間、その後何処で調べたのか携帯に無言電話が入るようになったのだ。
数回目、怒りが頂点に達した時…どうしてこんな事するのか、自分を女性と間違っているのではないか…相手に問うたが無言…。何をいっても無駄だとその一回でわかった。
直ぐに着信拒否をした。
が、着信拒否をしても家の固定電話に入る無言電話…一日に50件を超えるその電話に精神がどうにかなってしまいそうだった。
でも。
男が男にストーカーされているなんて誰かに言う事なんて考えもしなかったし、無視していれば何も変わった事なんてない…そのうち飽きるだろう、こんな馬鹿なこと長続きしないだろうとも思っていたが丁度その時はアパートの更新時期だったので即座に引越しを決意した。
(これでこんな馬鹿げた事から開放される…)

あの時の俺はこれで終わると確実に安心していた…





大学から遠くならない程度の場所に新しく部屋を借り、新生活が始まった。
引越してからの毎日は平和そのものだった。
でも、電話の音や毎朝見るポスト、夕暮れの一人歩きが恐怖となってしまっていた俺は生活リズムを変えるためにアルバイトをすることにした。

大学からも家からも近いそのコンビニでのアルバイト。接客に少し不安を抱えたがもとから要領がいいと自負していた為、直ぐに仕事にも慣れ新しい環境にも順応してきた…その時だ。

「今日からよろしくお願いします」

にこやかな笑みと優しい声で挨拶をされた。
―枢木スザク―
新しく入ったアルバイト…俺と同い年らしいが幼い顔立ちのせいか年下にも見える。
自分が入った次の新人だからか近親感が沸き仕事の合間や、休憩時間に色々話をした。
自分はこんなに人と親しくなれるほうではない…きっとスザクの人の良さそうな雰囲気や馴染みやすさがあった事で打ち解けられたのだろう
ちょっとした世間話でも共感を得れて、話しやすかった。





「やっぱり…!ルルーシュはこれ好きだと思ったんだ」
「あぁ…!これとても読みたかったんだ。ありがとうスザク」

少し前に絶版になってしまった本を眺めながらスザクに微笑みかける。

「僕、ルルーシュとこんなに仲良くなれると思わなかった、嬉しいな。」

フフっと楽しそうなスザクの顔…。
スザクの笑顔につられて一瞬自分の顔が綻ぶのがわかった。
そう見られてもしかない。
自分はあまり人との過剰な接触は好まないタイプだ…
周りからもそう見られる事も多い…必要な要件がある時にしか関わる者のがいないのも事実だ。
それに最近は『あの事』もあって過剰に人と接するのが恐かったのもあった。
スザクと初めて会ったときなんて人生でもっとも「俺に関わるな」というオーラを一番に出していたはずだ。
ストーカー紛いな事をされた恐怖を思い出してしまった為か表情に出てしまっていたのだろう。スザクがさっきとは正反対な真剣な表情で心配そうに聞いてくる

「ルルーシュ、何か悩み事…?」
「いや、もうなんともないことなんだが…」

この時、俺は何故だかスザクには話してしまってもいい気がしたんだ。変な電話も手紙も…後を追われている様な感覚も今はないが、その恐怖が今でも俺を取り巻いて離さない。誰にもいえないからこうして自分の中で恐怖が消えてくれないのでは…もしかして話してしまえばなくなるかもしれない…スザクになら話せるかもしれない…
頭で考えながら口からは意識しないうちに自分にあった出来事を打ち明けていた…

「そうなんだ。そんな事があったんだ…」

深刻そうな表情で視線を逸らすスザク…
聞いて気持ちのいい話ではない。これを期に距離をとられても仕方ない…少し軽率な行動を取ったかもしれない。そう思ったとき…

「まだ不安な事とか多いだろう?よかったらバイトの帰りだけでも家まで送るよ?」

スザクは優しい笑顔を向けながら俺の頭にぽんと軽く手を置いた…人に触れられるのはあまり好きじゃない。でもスザクの体温がその時はとても暖かくて…心地よかった。

その日、丁度スザクと上がりの時間が同じだったので一緒に帰宅する事に…

「別に、もうそういう事されているわけではないから…気を使ってもらわなくても平気だぞ?」

暗くなった夜道、街灯の明かりがピカピカと点滅している普段の帰り道。いつもは足早にその道をただひたすら何も考えずに帰っていたその道…
今はスザクと肩を並べてゆっくりと歩いている。夜風が気持ち良いと感じたのはいつ振りだろうと一人でおもっていると…

「不安な時って誰かと話してたりしたほうがいいじゃないか。それにルルーシュとはもっと色々仲良く成りたいし…!」

幼い顔をにっといたずらに笑ってみせるスザク…この空気がとても心地良い。
この数ヶ月夜に怯える毎日、こんなに穏やかな気持ちの夜は…引っ越してから初めてだ。
申し訳ない気持ちと、照れくさいけど何故だかすごく幸せな気持ちで家路に着いたのだ。

「ここが俺のうちだ」
「ここがルルーシュのうち?」





何の変哲もない二階だてのアパート。その一階にある右側の部屋を指差しながらスザクに伝えるとスザクは珍しいものでも見るようにアパートの全体を眺める。

「なんだよ…普通のアパートだろ?」

物珍しく見られているような気がして少し不機嫌にスザクに問いかける

「フフ、うん。普通のアパートだね!」
「だろ。良かったら上がっていくか?お茶くらいだすぞ」

俺の機嫌が悪い声を察したのか、謝りながら共感するように言ったスザクに満足し、一様礼の気持ちも込め部屋に招く

「じゃあお言葉に甘えて…あと僕お腹すいてるっ!」

無邪気に笑いながら結構ずうずうしい事を言うな…と思いながらもその尻尾を振ったようなスザクの様子が可愛くて、ただ笑って快く了承するしか俺には出来なかった。

「ははっじゃあ有り合わせでよければ何かつくろう…」

部屋の鍵を開け頭の中で冷蔵庫には何があったかと思い出しながら返事をする

―ガチャー

部屋のドアを開けた時だった…

―ドンっ!!―

背中から押されるような衝撃が来て玄関マットに思いっきり転んでしまった。

「いった…!」

―ガチャン―
鍵のかかる音…ゆっくりと上半身を起こす。右肘を打ってしまったらしい、痛みが走る…左手で体重を支えながら振り返る。

「す、ザク…?」

振り返るとドアの方を向いて俯いているスザク…俺はまだ状況が把握できていない。というよりも混乱している。
だってスザクが俺のことを押したんだろう?でも何故…?いや、スザクがそんな事するわけないじゃないか。でも俺が何かに躓いて転んだ覚えなど…

自分の状況が理解できない…そんな中スザクがゆっくりと振り返る

「やっと見つけた…俺のルルーシュ…」





その時にみた二つの瞳はいつも見ていた晴れ渡った日の日に照らされた様な新緑ではなく…まるで深い深い井戸の底で愛に飢えてしまったような深い緑…。