〜21〜

 

一頻り泣いた俺はスザクにもたれ掛かって立っていた。
感情が爆発した事でまったく働いていなかった頭がだんだんとこの状況は恥ずべき事だ、と知らせてくる。

「…っ。すまない」

拳で顔を隠しながらスザクから距離をとる。

「…いいんだよ」

俺の肩を抱いていたスザクの右手が悲しく空気を掴んだ。

「君を不安にさせたのは僕だ…それに気付かなくてごめん」

別に謝ってほしいわけじゃない、「どうして」とその理由が聞きたい。
でも、散々荒げた声はここぞという時に出てはくれない。
喉の奥で言葉は殺され、口から出る事はなかった。
そんな俺をスザクはまた優しく抱きとめる…。

その抱きとめる手が少し震えてる気がした。

「今日はもう帰ろうか…」

頬を寄せ、スザクが聞いてくる。
本当は、帰りたい…帰って話がしたい。二人で話さなければいけない事が多い気がする…。
でも…。
俺は小さく首を横に振った。

「お前はまだ役員の仕事があるだろう…帰るわけにはいかない」

スザクの白い着物の襟をそっと握り、スザクの目を見ながら言った。
澄んだ緑は昔から同じ色…いつも少し悲しげに揺れる緑は切なくて愛おしい。
いつか、この綺麗な緑が新緑の中で輝く葉の様にきらきらと光るのが見たかった…。
幸せに…なって欲しかった。

今、この時代ならスザクはそれが出来るはずだ。
何がスザクの為か…俺がそれを一番に考えなければいけないんだ。

「ルルーシュ…そんな事、別にいいんだよ」

俺の髪を一束掴み、指で撫でながら微笑むスザク。

「今日はもう帰ろう」

優しいけれど言い返す事の出来ない言い方をされ、それ以上何も言えず頷いた。

**************
帰ると直ぐにスザクはシャワーを浴びに行ってしまった。

「汗臭いまま話し合いなんてあんまり良くないからね」

と笑顔で言っていたが少し寂しそうだったスザク。
俺はまたスザクに負担をかけている…。

ふと、目に入ったのは鏡に映る自分の顔。
全身が写る大きな鏡…その中にいる自分は見たことない自分だった。
眉間に寄った皺に、不安を訴える瞳。
これではまるで心配してくれと言っている様なものだ。
こんな情けない顔を今までスザクに見せていたのか…。

ルルーシュは大きくため息を吐くと、両手で自分のその顔を覆いしゃがみ込む。
ベッドに背を預け、そのまままた自分の中で思考を巡らせる。

ちゃんと話そう…思っていることを。
そして、ちゃんと笑顔で送り出そう…。
俺はスザクを待とう。
何年離れるかわからない…スザクは俺が待つ事を望んでいないかもしれない。
それでも…俺は。

ルルーシュの想いが決まった所で遠くから人が近づく気配を感じると覆っていた手を頬に移し、出来るだけしゃんとした顔を作る為に二、三度ぱちぱちと叩く。
スーッと襖が開く…。

「お待たせ」

スザクはタオルを首にかけ、まだ水分を多く含んでいるその髪をわしわしと乱暴に拭きながら部屋に入ってきた。

「お、お前…!風邪でも引いたらどうするんだっ」

ルルーシュはスザクのタオルをもぎ取ると手荒しく、でもどこか優しくスザクの髪を拭き始めた。

「ははっ、自分で出来るからいいよ?」

「では初めからやって来い!子供みたいだ」

スザクは言葉ではしなくていいとい言っているが、ルルーシュの手を止めようとはせず、ルルーシュも言葉強く言っているがその拭く手を止める事はなかった。

癖の強い髪から水分がなくなってくるとふわふわとよく知った感触がルルーシュの手に触れる。

「…なぁ、スザク」

大分乾いた髪からタオルを離し、自分の手を軽く乗せるルルーシュ。

「なぁに?」

スザクは髪の感触を確かめる様に触っていたルルーシュの手首を握り、自分の唇に近づけ、そのまま指に口付ける。

「っ…お前、俺に話す事あるんじゃないのか…」

唇が寄せられた指がもどかしく、少しその手を引いた。
が、スザクがそれを引きとめる。

「あるよ…大切な事が」

「……っ」

いざ、スザクの口から聞くと思うと全身に緊張が走る。
体は無意識に強張り、目にはつんと何かこみ上げてくる。
何を聞いても大丈夫…。
自分の気持ちはかわらない。そう思っていたのに…。
拒絶されるという最悪の状況しか思いつかない自分とスザクなら一緒に来て欲しいと言ってくれるという淡い期待をする自分。

「遠くに行かないといけないんだ…凄く、遠くに」

悲しげに眉を寄せるスザク…。
その表情と言い方を見て俺は確信した。

『スザクは俺を必要としてない…』

ここで泣いては駄目だ。
今は…悲しいと思っては駄目だ。

「そう、か…。わかった」

「…え?わかったって…」

ルルーシュはスザクの言葉をそれ以上聞かない様に自分の口でその口を封じた。
押し付けるように当てられた唇を震わせないようにきつく抱きしめながら…。



2010.07.08   初出     四ヶ月放置してすみませんでした…。←